花信風(鯉若)


ほんのりと照らす太陽
冷たさを含んだ風が吹き
甘いぬくもりを運ぶ―…



□花信風□



「寒くねぇか?」

小柄なその身には大きい羽織。若菜は肩に掛けられた羽織の袷をきゅっと握り、ほのかに残るぬくもりに笑みを溢した。

「大丈夫。あったかい…」

羽織の上から肩を抱かれ、広い胸へと引き寄せられる。確かめるように頬に触れた指先が輪郭をなぞる。

「ん…、鯉伴さんの手の方が冷たい」

「そうか?」

すと頬から離れていく鯉伴の手を、若菜は羽織から離した両手で優しく包む。
自分の手より一回り以上大きい、しっかりとした手。その手に唇を寄せ、温めるようにはぁっ…と息を吹きかけた。

「おい、若菜?」

ぴくりと指先が動き、鯉伴が驚いた様な声を出す。
けれど若菜は応えず、もう一息吹きかけると、今度はすりすりと両手で擦った。

「これで少しは温かく…」

触れ合った指先から伝わる熱に、冷えきっていた指先がじんわりと溶けていく。自然と緩む頬にゆるりと細められた眼差しが若菜を見つめた。

「お前の手が冷えちまうぞ」

そう言った鯉伴をちらりと見上げ、若菜はあらっと柔らかく言う。

「じゃぁ、こうしましょ」

そうして良いことを思い付いたと、手を添えていた鯉伴の右手を引き、若菜はその指へ自分の指を絡めて微笑んだ。

「これなら二人とも温かいでしょう」

繋いだ手を下ろし、軽く握る。
じわりじわりと掌から伝わる熱は交じり合い、いつしか同じ温度へと変わる。
些細な、けれどそんな小さな事にさえ心動かされ、絡められた指先を包むように握り返して鯉伴はふと優しく笑った。

「そうだな。あったけぇ」

「でしょ?ふふっ」

繋いだ手を揺らし、止めていた歩みを再開させる。…ゆっくりと。

「…少し遠回りして帰るか」

「良いですね」

「そうと決まれば、たしかこっちの方にちょうど見頃の…」

手を引かれ、家へと向かっていた道を外れる。途中から舗装されていない砂利道に変わり、道の端には黄色い可憐な花が揺れる。
冷たい風に乗って流れてきた甘い匂いに視線を上げれば…

「あれだ。見てみろ若菜」

地面から伸びる太く立派な幹に、空へと広がる枝葉。紅く色付いた梅の花が凛と咲き誇っていた。

「綺麗…、こんな近くに梅の木があったなんて…」

「知らなかったろう?ここはまだ俺しか知らねぇ穴場だからな」

にっと悪戯っぽい笑みを浮かべた鯉伴は梅の木の下まで足を進め腰を下ろす。同時に、繋いだ手ごと若菜の体を浚い、隣に座らせた。

「鯉伴さん?」

「良いだろ?たまには二人きり、のんびりしようぜ」

家に帰れば沢山の仲間がいる。それが嫌なわけではないが、鯉伴は言う。
そんな鯉伴に若菜はくすりと笑みを溢した。

「私も、…またここに連れて来て下さいね」

「あぁ」

頬に触れる冷たい風。
身を包むぬくもりが心を満たす。
瞳の先に春の訪れを感じながら二人は長い寄り道をしていた。



end



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